〈「英語から入るドラッカー」141:自らをマネジメントする 〉

記:名節

6月になり、弊社は45期の決算期を迎えました。
いろいろな意思決定をし、より小さな組織に変化させていきます。組織を長生きさせるためではなく、私自らの知識や組織を新たな時代に合わせていくための意思決定です。自ら組織の中に囲い込むのではなく、組織の外へ知識をオープンにし、他の組織とシェアし、コラボしていく。46期は、ここ2,3年の事業転換の総決算な1年になりそうです。

ドラッカー教授は、われわれ知識労働者のこれからのあり方を下記のように示しています。

 

Knowledge workers are likely to outlive their employing organization.Their average working life is likely to be fifty years.But the average life expectancy of a successful business is only thirty years.Increasingly,therefore,knowledge worker will outlive any one employer,and will have to be prepared for more than one job.And this means most knowledge workers will have to MANAGE THEMSELVES.The have to place themselves where they can make the greatest contribution ; they will have to learn to develop themselves.They will have to learn how and when to change what they do,how they do it,and when they do it.
("Management Challenges for the 21st Century",1999)

知識労働者は、雇い主である組織より長生きする。労働寿命は50年におよぶ。しかし、組織の平均寿命は30年そこそこである。組織より長生きするがゆえに、知識労働者は仕事を変えることができなければならない。すなわち、知識労働者は「自らをマネジメント」しなければならない。自らを最大の貢献を行える場所に位置付け、自らを成長させなければならない。行なうこと、行なう方法、行なうときを、いつ、いかに変えるかを知らなければならない。(『明日を支配するもの』、1999年)

改めて、襟を正して、真摯に事業に取り組んで参ります。
ともに事業を展開し、明日をつくる事業を、仕事をして参りましょう。

〈「英語から入るドラッカー」140:〉

記:名節

統一地方選・第2部が昨夜終わり、開票を終え、
結果、私のお仲間がたくさん市議に当選されたようです。
おめでとうございます!

どんなレベルであろうと「政治」は必ず存在し、必要です。
その政治は何を目的にしているのか、どんな手段や方法、どんな智慧や知識を使って目的を果たそうとしているのか。是非、そこから、自分(議員として)の「なすべきこと」を見つけ、成果を設定し、成果をあげていただきたい。そのためには、行政レベルでは何ともできないこと、ましてや議員レベルではどうすることもできないことを分けて考えることが必須です。目的を果たすためには、民間にきちんと移譲することも多々あります。真の政治家は、移譲を邪魔せず、きちんと市民に宣伝・広告の役割を果たすことが懸命です…是非、お願いしたい。

◇ ◇ ◇

ドラッカー教授は、事業や組織には必ず「目的」があり、適切な「手段」を講じて取り組みなさいと述べています。

処女作『経済人の終わり "The End of Economic Man"』(1939年)で、
「経済発展」にについて以下のように述べています。

「資本主義体制の経済的側面の可能性に関する限り、近代資本主義の化身たる巨人ヘンリー・フォードが正しく、資本主義の墓掘り人たる学者が間違っていた。しかし、そのフォードにしても、彼を批判する者たちと同様、経済発展はそれ自体が目的ではないことを忘れていた。それは、人間が目的を達成するための手段としてのみ意味を持つ。
 経済発展は、社会的目的の達成を約束する限りにおいてのみ望ましい。約束が幻想であることが明らかになれば、手段としての価値は一転してなくなる。
 社会秩序および信条としての資本主義は、経済発展が自由で平等な社会における個人の自由と平等を促進するとの信条に基づいている。」

"As far as the potential economic future of the capitalist is concerned,Henry Ford - that grand old man of modern capitalism - was undoubtedly right,and the professional gravediggers of capitalism wrong.But Ford,no less than his critics,forgot that economic expansion and increase are not aims in themselves.They make sense only as means to a social end.They are highly desirable as long as they promise to attain this end.But if this promise is proved illusory,the means become of very doubtful value.
 Capitalism as a social order and as a creed is the expansion of the belief in economic progress as leading toward the freedom and equality of the individual in the free an equal society."

すなわち、
経済発展の過程で、一人ひとりの人間(市民)に「成長」をもたらし、またその成長を経済発展に貢献させる「仕組み」が必要であると…資本主義だけでは足りない、欠けている「目的」に手段として「組織」が必要だと気づき始めた、まさに「マネジメント」の萌芽をここに見ることができます。

〈「英語から入るドラッカー」139:〉
記:名節

昨日の五日市剛さんの講演を拝聴し、
思い出したドラッカー教授の言葉があります。

"Faith is the knowledge that man is creature - not autonomous,not the master,not the end,not the center - and yet responsible and free.It is the acceptance of man's essential loneliness,to be overcome by the certainty that God is always with man,even "unto the hour of our death". ("The Ecological Vision"1992)

「信仰とは、人は自立的な存在でも、主人でも、目的でもないが、責任と自由をもつ存在であるとの認識である。信仰とは、人が本質的に孤独であることを受け入れることである。そして、たとえ死の瞬間まであったとしても、神とともにあることの確実さに圧倒されることである。」(『すでに起こった未来』1992年)

信仰、いわゆる「死生観」をもつことで、初めて生きることが「積極的」であることを知る。「死を覚悟する」というと怖いが、「幸せになる」とか「素晴らしい人生をつくる」という生き様は、死という孤独を受け入れ、自分の生き様や自由な意思が人や地域、社会に何らかの影響を与えていることを認識し、そこに責任が派生することを知らなければならない。影響力や責任の大きさが問題なのではなく、そういう存在であることを認識すること、まさに真摯であること、感謝することから始まる人生が「幸せ」や「素晴らしい」人生になるスタートになるということです。

〈「英語から入るドラッカー」138:〉

記:名節

ある飲食業の社長さんからの悩みというか、嘆きというか
「もうすべてを出し切った感じがして、この先どうしていいかわからない…」とのご相談を賜りました。

私が尊敬する大好きな女性でもあるんですが、
なにしろ出し惜しむことなく、まさに「出し切る」タイプの社長で、若いんですが身体を壊し、入院すること2回、その度に強くなって帰ってくるターミネーターな人です。

そんな社長が、今回は「出し切った」…と。

『論語と算盤』を著し、明治期の組織社会化に貢献した渋沢栄一翁は、結果や利益というものは、酒を縛りとった後の「酒粕」みたいなものだと述べています。しかし、この社長の場合「酒粕」ではなく、どうも「お茶殻」のような状態のようで…この社長に、下記の言葉を贈りました。

「中核的能力は組織によって異なる。それは、いわば組織の個性である。しかし、あらゆる種類の組織になければならない共通の強みがある。イノベーションの能力である。したがって、あらゆる組織が、イノベーションにかかわる自らの業績を記録し、評価するシステムを必要とする。・・・これらの問いの多くは、客観的な測定ではなく、主観的な評価を求めるものである。しかも、解答を出すというよりも問題を提起するものである。だが、まさにそれらの問題こそ、自らに問いかけるべき正しい問いである。」
(『明日を支配するもの』、1999年)

"Core competencies are different for every organization ; they are ,so to speak,part of an organization's personality.But every organization - not just business - needs one core competence : innovation.And every organization needs a way to record and appraise its innovative performance. … A good deal of that,admittedly,is assessment rather than measurement.It raises rather than answers question, but it raises the right questions."
("Management challenges for the 21h Century",1999)

この社長一人が「出し切った」んじゃないかという思いもあったんですが、組織も完全に凝り固まった状態にあるようで、今月から定期的な検診(コンサルティング)と研修、「イノベーションのシステム」づくりになります。さて、どんな改革になるのか、楽しみです。

〈「英語から入るドラッカー」137:ネクスト・ソサエティの特徴〉

記:名節

21世紀になって15年が過ぎ、16年目になりました。
年度で言えば、2014年度が終わりを迎え、2015年度の助走が始まりました。

ドラッカー教授が、最後の著書『ネクスト・ソサエティ』を著したのが2002年。それから13年。21世紀という区切りではなかったにせよ、「次の社会」が新たな「断絶」を生み、新たな時代を作ると教授は述べています。

新たな「断絶」、その1つが「知識」です。
ITが、言葉の壁まで乗り越え、瞬時に世界中に「知識」を伝える道具として、手段として機能してることは周知の事実です。そこでもたらされる「知識」にどれだけの人が注意し、または実際に使っているでしょうか。組織に大きい、小さいの差がなくなり、人の学歴や経歴の差に「無関心」になり、目の前にある、現時点の知識と経験値(知)、時には期待値(知)が「価値」として計られる…そんな時代が来ました。

ドラッカー教授は、これを「知識社会」を呼び、それにより起こりうる社会の特徴を述べました。

「ネクスト・ソサエティは、知識社会である。
 知識社会とは、第一に、知識は資金よりも容易に移動するがゆえに、いかなる境界線も存在しない社会である。第2に、万人に教育の機会が与えられているがゆえに、上方への移動が自由な社会である。第3に、万人が生産手段としての知識を手に入れ、しかも万人が勝てるわけではないがゆえに、成功と失敗が並存する社会である。
 これら3つの特徴のゆえに、知識社会は、組織にとっても1人ひとりの人間にとっても、高度な競争的な社会となる。」
(『ネクスト・ソサエティ』、2002年)

"The next society will be a knowledge society.Its three main characteristics will be :

・Borderlines,because knowledge travels even more effortlessly than money.
・Upward mobility,available to everyone through easily acquired formal education.
・The potential for failure as well as success.Anyone can acquire the "means of production",that is,the knowledge required for the job,but not everyone can win.

Together,those three characteristics will make the knowledge society a high competitive one,for organizations and individuals alike."
("Managing in the Next Society",2002)

最後の「競争的な社会」ということには、深い意味があります。
誰もが参加する「競争社会」ではないということです。
すでに起きていることから考えれば、競争相手が従来の相手ではなくなること、競争してるかどうかすらわからず、その結果や成果がそれぞれに現れることを意味しています。
また、「成功と失敗が並存する社会」ということは、時間(期間)や場所、各商品・サービスごとで、成功と失敗が起きうることを意味しています。

さて、みなさんはどんな対策を講じてますか?
今後の対策は考えてますか?

「辞める」「変える」は、計画に必須の選択肢となりますよ。

〈「英語から入るドラッカー」136:リーダーの4つの能力④〉

 

記:名節

 

私が主宰させていただいている読書会が広がりを見せはじめている。着々と…。本当にうれしい限りです。事業としての広がりは私の生産性の向上であり、また成果をあげることでもあります。

 

それよりもうれしいのは、企業など組織研修をさせていただいていた頃には感じなかった、経営者はじめ幹部のみなさんの「成長」を実感することです。耳障りのいい話だけで成長する方は、すでに成果をあげてる人か、新人だけです。

 

最近、読書会など学びの輪の広がりに加担できる人こそ、成果をあげている人であるとようやく言えるようになりました。

 

ドラッカー教授曰く

「リーダーたるものは、自らを仕事の下におかなければならない。…自らのために仕事をすることになる。自己中心的となり、虚栄のとりことなる。とりわけ、焼きもちを焼くようになる。チャーチルの強みは、最後まで後進の政治家を育て後押ししたことにあった。」(『非営利組織の経営』1990年)

 

"Leaders subordinate themselves to the task....the task will go on after them....Otherwise they do things for personal aggrandizement,in the belief that this furthers the cause.They become self-centered and vain.And above all,they become jealous.One of the great strengths of Winston Churchill was that Churchill,to the very end,pushed and furthered young politicians."

("Managing the Non-Profit Organization",1990)

 

ドラッカー教授は、リーダーの4つの能力として、他に

1. 人の言うことを聞く意欲、能力、姿勢

2. コミュニケーションの意欲、自らの考えを理解してもらう意欲

3. 言い訳をしないこと、やり直そうと言えること

をあげています。

 

先にあげた4つ目の自らの位置、仕事の下に自らを置いているかを問うことは特に重要です。仕事を前にして、自らはその道具でしかないことを理解しているかどうか。問い、理解した人は、自分のために仕事をすることはありません。

 

人に他人のマネジメントが出来ないように、人にリーダーシップを教えることは出来ません。理由は、この4つ目の能力は、セルフ・マネジメント出来てなければ理解しきれないからです。つまり、読書会などの学びの輪を広げれる人は、すでに仕事、またはミッション、成果をあげる目的や目標を前にして、謙虚であると言えます。ともに学ぶ、ともに進む、ともに苦労する人にリーダーシップは自然と身についていくのです。ともに学びを進め、続け、深めることは、事業をともに推進する仲間の成長であり、事業そのものの成長につながるわけです。

〈「英語から入るドラッカー」134:データの意味〉

記:名節

「データ重視」という方とお話をし、「そのデータがいったい何を意味するのか?」というお話をさせていただきました。

ドラッカー教授は、データの意味について、

"For,in the task of a manager,controls are purely a means to an end ; the end is control.If we deal with a human benig in a social institution,controls must become personal motivation that leads to control.A translation is required before the information yielded by the controls can become grounds for action - the translation of one kind of information into another,which we call perception."
("Management:Tasks,Responsibilities,Practices",1973)

「データはあくまでも目的に対する手段であり、目的はマネジメントそのものにあるからである。データは、1人ひとりの人間の動機づけにつながらなければならない。データによって得られる情報が行動につながるには、その情報が知覚に翻訳されなければならない。」
(『マネジメントー課題・責任・実践』、1973年)

これ以外に、
「たとえデータに意味があったとしても、その意味がわかるとは限らない」とも述べています。つまり、データをどう意味づけるのかはマネジメント(マネジャー)の意識や知識次第であり、そんな過去のデータをどう未来のマネジメントに結びつけることができるかがすべての目的なわけです。

その統計が、その数字が、本当に重視すべきものなのかどうか、もう一度、その都度、検討すべきです。

〈「英語から入るドラッカー」133:情報責任〉

記:名節

昨日は、私たちの出版講座から初めて誕生した書籍『だから貧血は自分で治せる!』著者、健康応援サロン「ほん和か」のみなさまと会食&販促ミーティング。

いかに私の情報が、また完成したこの書籍の知識(情報)が責任あるものであるかを改めて実感できた時間でした。

このことをドラッカー教授は「情報責任(information responsibility)」と表現し、その情報を誰が必要なのか、きちんと提供されているか、その情報は仕事をなしているか、つまり責任を果たしているのかどうかを自問せよと述べています。

"A requirement of an information-based organization is that everyone take information responsibility.・・・The key to such a system is that everyone asks : "Who in this organization depends on me for what information? And on whom,in turn,do I depend?" "
("The Ecological Vision",1989)

「情報型(化)組織が成立する条件は、全員が情報に責任をもつことである。・・・成功の鍵は、自分の情報を必要としているのは誰か、それはどのような情報か、逆に自分は誰の情報を必要としているかを全員が自問することである。」
(『新しい現実』、1989年)

まず、リストアップ(書き出し)しましょう!
そして、それを眺めながら、
・どうやって情報責任を果たしたらよいのか、
・どうやって情報責任をはたしてもらうか、
を考えましょう。
次に、組織内であれば全員で考え、組織外の方とは情報責任の関係にあることを伝え、話し合い、確認する場をつくってください。

これは、そのまま「責任による仕事のチーム化」となりますよ。

〈「英語から入るドラッカー」132:予期せぬ失敗〉

記:名節

昨夜の魚信ドラッカー読書会で「予期せぬ失敗」のお話をちょこっとさせていただきました。

ドラッカー教授は「予期せぬ成功」を見つけ、追求せよと述べ、自分や自分たちの先入観や固定した意識を突き崩すからだと説いています。一方、「予期せぬ失敗」は「イノベーションの機会の兆候として受け止めなければならない」と述べています。「兆候」です。なんの兆候なのか、それを知らなければならないということです。

The unexpected failure demands that you go out,look around,and listen.A competitor's unexpected success or failure is equally important.Failure should always be considered a symptom of an innovative opportunity,and taken seriously as such.One does not just "analyze".One goes out to investigate.A good many failures are,of course,nothing but mistakes,the results of greed,stupidity,thoughtless bandwagon-climbing,or incompetence,whether in design or execution.Yet if something fails despite being carefully planned,carefully designed,and conscientiously executed,that failure often bespeaks underlying change and with it,opportunity.
("Innovation and Entrepreneurship",1985)

「予期せぬ失敗が要求することは、外へ出て、見、聞くことである。競争相手の予期せぬ成功や失敗も意味をもつ。予期せぬ失敗は、イノベーションの機会の兆候として受け止めなければならない。分析だけでは不十分である。調べるために出かけなければならない。たしかに、予期せぬ失敗の多くは、間違い、ものまね、無能の結果である。しかし、緻密に計画し、設計し、実行したものが失敗したときには、失敗そのものが、環境の変化すなわち機会の存在を示すことが多い。」(『イノベーションと企業家精神』、1985年)

〈「英語から入るドラッカー」131

          :情報型組織の楽譜〉

記:名節

ドラッカー教授のセルフ・マネジメントを学んだ後に、人や組織のマネジメントを学ぶと、意外なほどスムースに理解が出来るようになります。マネジメントが何を目的(目標)にし、どんな原理・原則をもって、どう進めていけば良いのかを示すものであり、そこにマネジメントの本質と特徴があり、それがすべてに共通してるからだと言えます。学び、実践してみれば理解できます。是非、ご一緒に学びましょう!

その際に必要なものが「情報」です。
教授のマネジメントを学ぶ上では「著書」という情報が必要です。
私たちは「知識」とも思っていますが、紙の上にある文字の段階では情報以外何者でもありません。私たちが情報を知識に昇華させているわけです。

"What can we say about the requirements of the information-based organization? Several hundred musicians and their CEO,the conductor,can play together because they all have the same score.Similarly,all the specialists in the hospital share a common mission : the care and cure of the sick.The diagnosis is their "score" ; it dictates specific action for the X-ray lab,the dietitian,the physical therapist,and the rest of the medical team.Information-based organizations,in other words,require clear,simple,common objectives that translate into particular actions."
("The Ecological Vision" ,1989)

「情報型組織に必要な条件は何か。オーケストラにおいて、1人の指揮者のもとで100人の音楽家が演奏できるのは、全員が楽譜を持っているからである。病院では、あらゆる専門家が患者の治療という共通の任務についている。カルテが楽譜の役を果たし、レントゲン技師、栄養士、理学療養士、その他全員にとるべき行動を教える。換言すれば、情報型組織には、具体的な行動に翻訳できる明確で単純な共通の目標が必要である。」
(『新しい現実』1989年)

「楽譜」または「カルテ」にあたるもの、組織なら「事業計画」や「企業理念」に相当します。個人であれば、「今年の目標」「私の夢」がこれにあたります。

ポイントは、それらが
・明確で単純で共通の目標(期待されている成果)であるかどうか
・具体的な行動に翻訳できるものかどうか

私なりの経験知を付加すれば、
・そこにある言葉が共有されているかどうか
・責任の所在がはっきりしてるかどうか

既存の事業の「楽譜」を見直すことは難儀だったりします。
楽譜にあたるものがなかったり(誰かの記憶や勘として残ってたり)、情報が書き加えられすぎて読めないものになっていたり、または時代物の巻物のような存在になっていたり…新しく原本を書き写す、または原点に回帰し、書き落とすことから始めることをお勧めします。最近では「ミッション」や「クレド」をつくったり、見直したりする講座もよくお見かけしますが、是非とも一度トライしていただきたいですね。

そして、日々刻々とかわる経営環境に振り回されない、明確で単純で共通の「楽譜」を組織の誰もが手にし、理解し、具体化してることが大事なんです。

みなさん、組織の誰もが知ってる「楽譜」は持ってますか?

〈「英語から入るドラッカー」130:真摯さの欠如〉

記:名節

仕事を口実に、自分の素直な学習欲から読み始めたドラッカー教授の「マネジメント」という一体系。本格的に学び始めて、教授が現実や原則を言い表す「言葉」への興味と、教授が「古い原則」という「知識」の探求の旅についつい出かけてしまいます。

小学5年時、谷川俊太郎さんの詩集にハマり、論破したことから始まり、院生時には「立憲主義」から歴史を妄想し、そして今回の「マネジメント」…ふくよかな言葉といいますか、そこに至る言葉や集約された知識への興味・探求にゴールは見えません(笑)

最近は、教授が、上田惇生先生が使用する「真摯さ」に魅了されています。名著『マネジメント』(1973年)には、

"Integrity may be difficult to define,but what constitutes lack of integrity is of such seriousness as to disqualify a person for a managerial position."

「真摯さを定義することは難しい。しかし、真摯さの欠如は、マネジメントの地位にあることを不適にするほどに重大である。」

と述べ、例をあげつつ、自分なりに「真摯さ(intefrity)」を定義せよと言わんばかりに謳いあげています。

「真摯」という言葉は、教授の著作の中でも1,2を争う名作と言われ、教授の2作目の著作である『産業人の未来』(1942年)の中にも出てきます。1940年代初頭の「商業社会」にも影響力をもたらしたイギリスの「紳士階級」の記述にも「真摯」という言葉が出てきます。「紳士」が「真摯」なのは当然だろう…なんて冗談のような話にも興味は尽きませんが(笑)…紳士階級が「責任感と際立った政治本能」をもって商業社会を機能させる位置にあり、その役割を担い、「彼ら以上に真摯かつ有能な階層はなかった」と述べています。

「真摯さ」、不思議な言葉です。

みなさんも、定義してみませんか?!
いや、是非、それぞれに定義してみてください!
意外な気づきがありますよ!

2015年1月6日(火)情報型組織になってますか?!

 

記:名節

 

私が、大学院の論文で使った資料でもある、ドラッカー著 ” The Ecological Vision "(『新しい現実』1989年)を久しぶりに本棚から出してみました。目的は、私が現在取り組んでいる原稿の資料として参考にすること。特に、終章の「分析から知覚へ〜方法論の変化」を参考にしたかったこと、そこに書かれている有名な一節「我見る。ゆえに我あり」の周辺の記述を読み直したかったから…。

 

本を手にすると、ついつい関係ないところまで読んでしまいます。

正直、時間の無駄使いです(笑)

 

ただ、今回は無駄ではありませんでした。

それは、終章が入っている「第Ⅳ部 知識社会」にある「情報化(型)組織の機能と構造」に目が止まり、内心で求めていた文章を見つけてしまいました。

 

それは、情報型組織(Information-based organizations)の成功についてで、

 

"The system worked because it was designed to ensure that each of its members had the information he needed to do his job."("The Ecological Vision",1989)

 

「必要な情報を組織のメンバー全員が手に入れる時、組織は成果をあげる。」(『新しい現実』、1989年)

 

という一節です。

 

教授は、情報型組織の成功例として、18世紀から20世紀に至るイギリスのインド統治体制をあげ、

・現場の監督官が毎月1度、与えられた任務について報告書を書いて政務官に送ったこと、

・その内容の中には、予測と実際に起こったことが相違した場合、その原因や1ヶ月の予測と対応策を書きまとめたこと、

・基本的な政策について質問し、機会・脅威・対策についての考えを書きまとめたこと、

・政務官も詳細な返事を送ったこと…

などを成功の要因としてあげています。

 

これは、このまま、私たちの組織にも応用できる手法にもなりそうです。というか、似たようなことはすでに実践しているはずです。何が違うんでしょうか。

 

ポイントは、「予測と実際に起こったことが相違した場合」のアクションではないでしょうか。そもそも政策に、われわれでいう企画や計画に「予測」があるかどうか、どの程度の予測をしてるか、その結果(成果)をどのようにして認知しているか、どれだけ認知しているかが問われます。その上で、その予測と「実際に起こったこと」の相違を分析し、報告書にまとめる…これが最も重要なポイントです。

 

これは、人材不足、マネジャー不足が現実化してる昨今、是非ともすべての組織に取り入れていただきたい手法です。

これが出来た時、こうして情報を得、組織全員が情報を得た時には、その組織は「成果」をあげると述べています。

 

弊社の事業チームやコラボさせていただいているチームにも言えることなんです。

 

だから目に止まったわけです。

ハッとしました。

2015年1月4日 新年のご挨拶

新年明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願いいたします

記:名節

 

2015年、平成27年はどんな年になりそうですか?
弊社は、大きな変換点を迎える年になりそうです。
不動産部門を小さくし、マネジメント部門を大きく成長させる1年になりそうです。

そこで、
今年のモットーを、

「マインドフルに活動せよ!

        革新はそこにあり!」

とさせていただきました。

「マネジメントの父」ドラッカー教授は「事業の定義の変革(陳腐化)」についてこう述べています。

"They know and accept the surgeon's time-tested principle,the oldest principle of effective decision-making.A degenerative disease will not be cured by procrastination.It requires decisive action."("Managing in a Time of Great Change",1995)

「彼らは(事業の定義の変革に成功した者たちは)、外科医の昔からの原理、すなわち決断の原理を知っている。それは、進行性の病は先延ばしにしても治らない、思い切った措置が必要であるという原理である。」(『未来への決断』1995年)

事業の定義を変革するためには、
組織の事業を「診断」と「分析」をすることから始まります。
兆しは感じたのであれば、外部環境に変化が出てきているはずです。
優秀な医師であれば、それが慢性的なものか、突発的なものか、または進行性のものかを調べ、判断し、措置するでしょう。

定量的なデータにも出るでしょう。
医療のデータ診断とまではいきませんが、経営データの分析も早く、正確に出来るようになりました。とはいえ、その結果から状況が進行性のものであるかどうかの判断には時間がかかります。過去の経営データはもはや使えません。個々人の経験や勘、マーケティング結果や「マネジメント」の原理・原則といった「ナレッジ(知識)」から同じ答えが導き出せるのであれば、思い切った措置が必要と言えます。

さて、みなさま、みなさまの組織はどうでしょうか?!
是非、よーく見て、判断してくださいませ!